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死亡診断書とデータヘルス(ICDルールに紐づけて)阿部幸喜

2024.01.07

次世代医療構想センターの阿部と申します。死亡診断書記載の重要性についてお話しさせてください。

患者さんが亡くなられたとき、ご家族は届出人として死亡届書を役所に提出します1)。死亡届書の右側には死亡診断書がついており、これは医師が専門的立場から医学的に死亡を証明したものです2)

通常、死亡届書と死亡診断書はA3の用紙に一体となっています。注意すべきは、死亡診断書の記載内容が市区町村において人口動態統計の調査票にそのまま転記されることです3)

この調査票は厚生労働省に集められて、一人の死亡事例について、その死亡を防ぐために公衆衛生的に介入すべきであった段階(傷病名)を一つだけ抽出します。それが原死因です。これは、世界共通のルールであるWHO策定のICD原死因選択ルールに則った厳格な作業です4,5)

令和2年の死亡統計では、原死因は1位)悪性新生物、2位)心疾患、3位)老衰、4位)脳血管疾患、5位)肺炎、6位)誤嚥性肺炎、7位)不慮の事故となっています6)

年間約35兆円の社会保障関連予算7)の使途を決めるとき、この統計は重要です。なぜなら、基幹統計と方向が違う施策は策定しにくいからです。このように、政府の施策に影響する基幹統計の調査票である死亡診断書は、臨床現場で作製される他の診断書と趣を異にする部分があり、われわれ臨床医に懸かる責任は大きいです。その一端を詳らかにすべく、骨粗鬆症を原死因とするべき死亡数について推計した内容を論文化しました。open access化しておりますので、ぜひご一読ください。

(Deaths caused by osteoporotic fractures in Japan: An epidemiological study:Koki Abe, Kazuhide Inage, Kensuke Yoshimura, Daisuke Sato et al) https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0949265823002853

 

人口動態統計(2018年)によると、骨粗鬆症を原死因とした死亡数は190名とされています8)。しかし、総務省統計センターのオンサイト施設で調査票情報を閲覧9)させていただいて推計すると、平地での転倒など軽微な外力による骨折(大腿骨近位部骨折、椎体圧迫骨折)すなわち脆弱性骨折による死亡は、80歳以上の高齢者だけでも3,437件ありました。脆弱性骨折の存在自体で骨粗鬆症の診断基準を満たすこと10)を鑑みると、骨粗鬆症による死亡者は3,627人と考えられました。骨粗鬆症への対応は重要課題であることが推察されます。

前述のICDルール4)では、死亡診断書に列記する傷病名に骨粗鬆症と明記されていれば、たとえ骨折名が記載されていたとしても骨粗鬆症が原死因として選択される取り決めになっており、世界の死亡統計に反映されます。

世界人口の18%強が骨粗鬆症に罹患しており11)、2050年にアジアでは年間500万件近くの大腿骨近位部骨折が発生すると予測されています12)。ICDルールの骨粗鬆症に対する丁寧な計らいは、それだけ、世界は骨粗鬆症に窮しており、喫緊の課題として意識されていることの裏返しと言えます。もうお気づきかと存じますが、死亡診断書はデータヘルスの一部分を担っているのです。

当直帯における死亡診断書の作製は、他の患者さんの急変に注意を払いつつ、ご遺体の出棺に間に合わせて、かつ、ご家族に丁寧な説明を要する高度な作業です。

私は臨床現場におります時、「統計を意識している場合じゃない!」と叫びたい気持ちになってしまうときもあります。また、在宅医療においては、老衰や大往生という言葉はご家族に安心と満足を運ぶものと推察します。

しかし、それが政府統計の調査票であること、社会保障費35兆円の配分に影響すること、臨床医に委ねられた責務であることを考えるとき、公衆衛生政策に資する死亡診断書の丁寧な記載を呼びかけたいと思います。

当次世代医療構想センターは、日本の保健医療データの解析による課題抽出と解決の方策の開発を活動方針の1つに据えております。

NDBやDPCなどの保健医療データの多くは、WHOが策定するICD-10に基づく項目ごとに製表されています。私は、ICD分類はじめ,ICF,ICHIなど国際分類の開発、国内への普及・メンテナンスに微力を注がせてもらっております。これらによって作製されたデータをもとに、医療保健行政の施策が策定されるからです。

データヘルスによる健康・予防を進めてまいりましょう。

 

(国際分類に御興味をお持ちの方は、日本診療情報管理学会HPにディカッション用フォームが開設されております。こちらにもお立ち寄りください。https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeCqREbMGhPMY_4tlBud00U9V8flP8jvzbD3TG5zskYXme0qw/viewform

 

参考文献

  1. 戸籍法86条、87条
  2. 医師法20条
  3. 統計法1~4条、人口動態調査令施行細則第10条
  4. 疾病、傷害及び死因の統計分類提要ICD-10(2013 年版)準拠 第2巻Instruction manual(総論) https://www.mhlw.go.jp/toukei/sippei/dl/instruction_all.pdf
  5. 厚生労働省政策統括官ICDのABC https://www.mhlw.go.jp/toukei/sippei/dl/icdabc_r05.pdf
  6. 厚生労働省令和2年人口動態統計(確定数)の概況https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei20/index.html
  7. 財務省 令和6年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針についてhttps://www.mof.go.jp/policy/budget/sy230725a.pdf
  8. 総務省統計局 estat 政府の統計窓口https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450011&tstat=000001028897&cycle=7&year=20180&tclass1=000001053058&tclass2=000001053061&tclass3=000001053065&stat_infid=000031883973&tclass4val=0&metadata=1&data=1
  9. 総務省政策統括官(統計制度担当)、総務省統計局、独立行政法人統計センター Miripo ミクロデータ利用のためのポータルサイトhttps://www.e-stat.go.jp/microdata/data-use
  10. 骨粗鬆症の予防と治療のガイドライン作成委員会 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版http://www.josteo.com/ja/guideline/doc/15_1.pdf
  11. Salari N, et al. J Orthop Surg Res.2021:Oct;16(1):609.https://link.springer.com/article/10.1186/s13018-021-02772-0
  12. Cooper C, Osteoporos Int. 1992 Nov;2(6):285-9. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1421796/